皆さん、初めまして。
「えん」と言います。
私とこのブログに興味を持っていただきありがとうございます。
いきなり暗いお話で申し訳ないですが、私は「適応障害」で2度休職しています。
2回とも全く異なる業種や環境、対人関係だったにも関わらず…
会社の敷地に足を踏み入れた途端に涙がポロポロと止まらなくなってしまうという症状は共通していました。
明らかに「普通」ではない私の様子や、入社以来ずっと順調だった仕事を上手く消化し切れず、溜まりに溜まっていくことに耐えかねた周囲からの半ば強制的なストップにより…
心療内科を受診し、診断を受けて休職。
自宅療養で休んでいる期間は、何事もなかったかのように元気なのにいざ会社へ行くとポロポロと溢れる涙やぶり返す症状の数々に2回とも退職という結果に落ち着きました。
「落ち着いた」というよりも「選択肢がない」という方がしっくりきます。
2度程経験した休職からの退職を振り返り、対策を立てようにも心当たりがまるでない…
不思議な話ですが、「適応障害」という診断が下る状態になっている原因が自分自身では全く分からないのです。
どちらの職場についても、仕事内容を始め、対人関係でも大きな問題があった訳ではない。
実際には色々あったのかもしれませんが、少なくとも私の中では「適応障害」の原因になる程のことはないように思えたのです。
でも、今思うとそんな訳はないんですよね…
現在の私は、パソコン1台で生活費を稼ぎ、家からどこかへ出社することなく生活しています。
生活費を稼ぐ、と言うと凄いことのように感じますが…
実際には月収10万円程度をパソコン1台と私1人で稼いでいます。
豊かな暮らしとは言えないかもしれませんが、自分では気付けなかった毎日の些細なストレスから開放され、毎日を元気に過ごせています。
毎朝好きな時間に起きて、気分が乗った時間に自分のペースでコツコツと仕事を進める。
誰かの顔色を伺ったり、噂話や愚痴メインの雑談に付き合う必要もない。
「今月は稼ごう!」と上を目指しても妬みや嫉妬の対象になる心配もなく、「今月はのんびり」とペースダウンしても誰にも気付かれない。
この暮らしになり、日々のどんなことにストレスを感じていたのかがよーく分かりました。
少しずつではありますが、ようやく自分の人生を過ごしている感覚を掴めてきました。
無意識の内に他人の顔色やその場の空気を気にして、毎日様々なストレスを受け…
それにさえ気付けず自分自身の体や精神をボロボロにしていた私が、今の暮らしを手に入れることが出来たのは「特別」だったからではありません。
恥を忍んで白状すると、会社員時代の私の趣味は「散財」でした。
通勤時にはコンビニで昼食や間食用おやつを購入し、帰り道にはドライブスルーで飲み物を購入…
平日はネットショッピング、休日にも近場でお菓子や服、化粧品や雑貨など「なにかしら」を購入。
大量に買ってしまった罪悪感をごまかすために、購入時よりもかなり安価でフリマサイトへ出品したりしていました。(そして、フリマサイトでも購入するという∞ループ…)
そんな私が「ストレスが溜まる→散財」の原因になっていた会社に勤めなくても、パソコン1台で生活費を稼げるようになったのは自分自身の「ブログ」を運営するようになったからです。
わずかにあった貯金を切り崩さなくても生活出来るようになったのは、本格的にブログを始めてから約9ヶ月後のことでした。
散財がほとんどなくなったのは、予期せぬラッキーでしたが…
私がどうしてこんな風に変わることが出来たのか、このブログに興味を持ってくれたあなただけにお伝えします。
2度の休職
私は、人生で2度の休職を経験しています。
「人生で」というと仕方のないことにも聞こえますが、実際には7年間の間に2度なので頻度としては高いと言えるでしょう。
あまり身近にはいなかったのですが、1度目の休職時には…
「まぁ、そういう人もいるのか」
と、正直軽く考えていた「適応障害」という症状がその後私を苦しめ続けることをこの時は知りませんでした。
最初の仕事を1年と6ヶ月で退職した後、7〜8ヶ月は働くことが出来る状態ではありませんでした。
今思い返しても、悲惨なくらい「自己嫌悪」が酷かったですね…
「適応障害」という診断を下された直後よりも、休職期間の後に退職し、無職になった期間の方がずっと辛く感じました。
これは2度目の時も同じかそれ以上の辛さでした…
「適応障害」の辛さって理解されにくいって言うもんね。
症状が出ていない時には、「普通」に元気で過ごせるのに、それが悪いことのように罪悪感を感じてしまうのが私が1番辛く感じた部分でした。
そしていざ働こうとすると、また症状が出てしまう…という「負のループ」は経験した方にしか理解出来ない辛さだと思います。
「なんで私は皆と同じ普通に働けないんだろう?」
と、凄まじい自己嫌悪に苦しみながらも自宅で療養し、自宅からすぐ近くにある個人経営の会社で何とか社会復帰出来たのが退職してから約1年後のことでした。
元の職場は、比較的大きな会社だったので職種も人との距離感も全く異なる会社を選びました。
私の場合は、休職→退職となっても「適応障害」の原因に全く心当たりがなかったので…
再発を防止する方法を考えることが難しく、とにかく元の職場と異なることを重視して仕事を選びました。
結果は、同じでした。
入社3年を目前にし、自分が「適応障害」であったことを忘れていた頃に突然勤務中に涙が止まらなくなりました。
「悲しい」とか「辛い」などの自覚症状もなく、ただただ流れる涙は1度目の休職時と全く同じで…
その瞬間、私の心は折れました。
泣きながら、最低限の仕事を済ませて早退した日を今でも忘れられません。
自宅に着く頃には止まった涙に安堵しつつも…
次の日は、駐車場に止めた車から降りることが出来ませんでした。
身支度を整えて、会社の駐車場まで行く…でも車から降りることが出来ない、ということを数日繰り返したことで諦めが付きました。
幸いにも、その日仕事が多い職場だったため仕事の引き継ぎで面倒を掛けることはありません。
社長のご好意ですぐに退職ではなく、少しの間休職としてもらいましたが復帰が難しいことは分かっていたため1ヶ月後には退職しました。
きっかけは「mbti型診断」
休職期間中は、ただ1日を過ごすことで精一杯…
そんな私に次の仕事の計画などは全くなく、2度の失敗から、仕事に対する気力そのものもかなり低い状態でした。
もっと言ってしまうと仕事どころか、毎日がもうどうでもいいと思えるような精神状態でした。
自分に合っていそうな仕事を始めても、また「適応障害」で休職することになってしまったらと考えると全てが無駄という気がしたんですよね。
それでも生活費は掛かるので、いつまでも無職でいる訳にはいかない。
生活保護なども視野に入れつつ、うだうだ悩む日々を送っていました。
そんな私にも転機が訪れます。
それが、SNSでたまたま目にした「mbti型診断」でした。
インターネットで行った私のmbti型は、提唱者(INFJ)という最も希少とされるmbti型でした。
「いやいや、私って誰より普通だから…」
そう思い数回繰り返すも、結果は8回連続で全て提唱者(INFJ)。
驚きを通り越して、半ば呆れていましたが…どこかで腑に落ちたような妙な気持ちになったことを覚えています。
「普通」を目指すことを諦めた
繰り返したmbti型診断の結果で分かったことは、私は普通ではない(可能性が高い)ということ。
全人口の1〜2%程の割合しか存在しない提唱者(INFJ)というタイプなので、私を「普通」の枠に収めることが難しいということはすぐに分かりました。
そこから、私は「普通」を目指すことを諦めました。
皆と同じように「普通」の会社勤めは向いていない性格だったことをこの辺りで初めて自覚することが出来ました。
会社に勤めて働き続けることは難しく、数年は出来ても数十年となるとおそらく無理。
それなら、「自分で稼ぐ力を身に着けよう!」と思った訳ですね。
そこからはハンドメイドや、せどり、クラウドソーシングなどなど…
「自分1人」かつ「自宅」で出来るビジネスを次々に挑戦してみました。
その中で1番提唱者(INFJ)である私に合っていて、ストレスが少なく結果が出せる仕事が「ブログ」だったのです。
自分1人で生活費を稼げることを自ら体験
様々な書籍やインターネットの情報を読み漁り、辿り着いたのが今のブログ運営の方法です。
私のように本業としてももちろん、体力や時間に余裕のある方は副業としても実践出来る方法で、毎月収入を得ることが出来ます。
一見怪しそうな話に聞こえますが、広告料として報酬を支払ってくださるのはあの有名なGoogleなので安心安全ホワイトなお話ですよ。
もちろん収入の波はありますが、週1、2回のアルバイトと合わせて十分に生活出来る金額を稼ぐことが出来ています。
最高月収は、20万近くのこともあったのでその月は少し贅沢をしてみたり…
逆にもう少し多く稼ぎたい月は、仕事内容を増やしたりと自分のペースで全てを調整出来る環境は、提唱者(INFJ)である私にはとても肌に合っていることを実感しています。
悩んでいるつもりはあまりなかったのですが、対人関係全般にストレスを感じていたことを離れて初めて知ることが出来ました。
休日も自分で決めることが出来るので、人の多い祝日は家で仕事をして、ガラガラの平日に出掛けられることも人混みが得意ではない私にはぴったりです。
社会人になってから、お互いの予定が合わずに疎遠になっていた家族や友人とも時間を作ることが出来るので、会社の同僚や上司、部下のいない寂しさを感じることはありません。
今はこのスローペースな毎日に満足していますが、今後また会社に勤めたいと思った際にも、ブログで収益を得ていた経験は必ず役に立つでしょう。
「適応障害」で休職していた頃の私には、想像も出来なかった未来を現在の私は過ごしています。
提唱者(INFJ)に合った働き方を追求
会社に依存することなく、自分自身で生活費を稼ぐというのは私にとって大きな変化でした。
「普通」を目指して頑張っていたものの、周囲と同じようには出来ず、涙を流していた頃とは別人のようだと自分でも思います。
長い年月を有しているように感じますが、2度目の休職から1年もしない内に私に起こった変化です。
「普通に過ごすことが意外と難しい」
「自分にとっての普通は、どこかおかしいのかもしれない」
「提唱者(INFJ)の性格を変えたい」
「提唱者(INFJ)らしく過ごすのは難しい」
そんな風に思う提唱者(INFJ)にこそ、ブログ運営はぴったりだと感じています。
・会社に所属せず、生活費を自分で稼ぎたい人
・いざという時に経済面で頼れる「自分」になりたい人
・時間に余裕を持って提唱者(INFJ)らしく日々を過ごしたい人
正しいやり方で正しい働き方をすれば、そのささやかな希望を叶えることが出来ます。
希少とされる提唱者(INFJ)が、自分の性格を曲げたり変えたりすることなく…
提唱者(INFJ)らしく日々を過ごすことが出来るように、少しでも私の経験が役に立てばと考えてこのブログを開設しました。
どうやって提唱者(INFJ)らしく日々を乗り切るのか。
提唱者(INFJ)が得意なことや向いている仕事は何か。
ブログで生活費を稼ぐためにするべきこと、してはいけないことは何か。
提唱者(INFJ)ってそもそもどんな性格なのか。
などなど…
何か1つでもお役に立つものがあれば嬉しいです。
2024.10.31 えん